明日は来るのか?

日々の悩みやひとりごと

最悪のタイミング

前回、母の定期検診について書きました。

血液検査の結果、腫瘍マーカーの数値が高かったんですが、それで癌があるかどうかの目安にはならないというのは広く知られていることです。

普通、癌の手術後の検診は5年が目安と聞いたことがありますが、母の場合、二度目の手術から6年以上経っています。

それで、再検査をして異常がなかったら、これで終わりにしようということになりました。

再検査の結果は正常値で、無事検診は終わりということになったんですが。

その二日後の夜、母に下血がありました。

それがゆうべのことです。

鮮血で痛みもないことから、再発の可能性が大きい気がします。

一番最初は歩いてすぐの近くの病院で検査をして大腸癌が見つかり、その後、紹介されて医大病院で手術を受けたんですが、今日明日は土日なので、月曜日に、まずは近くの病院に行くことにしました。

あと三日早く下血があったなら、そのまま医大病院で検査してもらうことができたのに、なんてタイミングが悪いのかと思います。

八年間お世話になった病院と、ようやく縁が切れた二日後とは…

私自身は、少し前から歯の調子が悪く、母の通院が終わったら歯医者に行こうと思っていました。

歯医者に行くこともかなり憂鬱だし、ほかにもいくつか心配事があって落ち着かない気持ちで過ごしていたところ、さらにこれです。

ゆうべはいろいろなことを考えてしまい、よく眠れず、今朝も食欲がなくて、バナナ一本だけ食べました。

母は朝食前から新聞のパズルをして、朝食もいつも通りに食べていましたが。

これはコンプレックスでもありますが、どうも私は人と関係を深めることができなくて、何かあっても、誰かに相談したくても、話を聞いてほしくても、本当に誰もいないんですよ。

以前、ときどきコメントをやり取りしていた方は、ずいぶん前にショックなことがあったそうでブログをやめてしまい、今はネットでつながっている人もいません。

普通はショックなことがあったら、ブログやSNSを更新する気になれないのかもしれませんが、私は少しでも発散したくて、こうして書いています。

 

 

この数ヶ月の間にあったいくつかのこと

今日は母の半年ぶりの定期検診の日です。

初めて母が手術をしたのは8年前で、その後、通院するときはいつも一緒に行っていたんですが、途中から母が一人で行くようになりました。

理由は父です。

父を一人で家においておくといろいろやらかすので、私が監視役として家にいなければなりませんでした。

その後父は亡くなったわけですが、今も母は一人で電車とバスを乗り継いで通院しています。

今では半年に一度ですが。

私も一緒に行くべきではないかと、いつも心の中では葛藤しているんですが、一人で行けるうちは行かせたほうがいいのかとも思っています。

なぜなら、出来ることはなるべく自分でやらせたほうがいいといいと聞くので。

高齢者だからといってなんでもやってあげていると、それが当たり前になってどんどん老化が進むといいますよね。

母は、年の割にはまあまあしっかりしているとは思いますが、物忘れもひどくなっているし、自分でいろいろと物事を広げた末に「あとはあんたがやってね」と丸投げして来ることも多く、それを当たり前に思ってほしくないというのもあります。

足腰が弱っているので、そこのところは心配ですが、正直どっちがいいのかわかりません。

誰かに相談したいけど、そういう相手はいませんし。

そういえば2ヶ月ほど前に、母は高齢者を対象とした用事で近くの施設に行ったときに、帰りに転んでケガをしました。

そのときは、周りに近所の人たちもいたそうですが、人をよけようとして、うまくよけられずに転んだとかで。

大きなケガではなかったものの、膝と額を打って、しばらくは不自由な生活をしていました。

もし骨折していたら大変なことになっていたでしょうね。

すっかりよくなったのは1ヶ月後くらいでしたか。

もしも通院中に転んでケガをしたら、私の責任は大きいですかね?

一緒にいたからといって転ぶのを防げるかどうかわかりませんが、悩むところではあります。

ところで、家電に胡散臭い電話がかかって来るのはよくあることですが、少し前に、また怖い思いをしました。

いわゆる「ガス給湯器点検詐欺」です。

そうとわかっていても、とっさにうまく断れず、最初、相手は明日行くと言いましたが、その日は都合が悪いと言うと、数日後に来ることになりました。

その後、ネットで対策方法を調べまくり、一番いいのは来ても対応しないことだと。

もうすでに対応してしまったわけですが、留守電にしておいて出なければいいという結論に至り、実際にそうしました。

以前のNTTを騙った詐欺も、うまく断れずにうちに来ることになってしまったんですが、そのときは時間前に車で来て、ずっと家の横に停まっていて不気味だったんですよね。

ただ、やはり実行犯は下っ端なのか、家の外で話をすると、拍子抜けするほどあっさり引き下がって帰って行ったんですが。

今回は、電話をしてから行くので必ず家にいてくださいと言われ、それで留守電にしていたら相手はどうするのか、実際に家まで来るのかとドキドキし、もしも家まで来たら気配を消していなくては、などと母と話して身構えていたんですが。

約束の時間に電話が鳴り、留守電が対応すると、すぐに切れて、なんとそれで終わりでした。

最初に電話で話したときの私の感じやら何やらで、見込みがないと判断したんでしょうね。

うちはもともと自営業だったこともあり、父が亡くなる前後は、いろいろと重要な電話がかかって来たりもしていたので、それらの延長で、電話が来るとつい出てしまっていたんですが、その後はさすがにずっと留守電にしています。

今もたまに電話は鳴りますが、留守電だとわかるとすぐに切れてしまいます。

もっと早くこうしていれば怖い思いをしなくてすんだのにと思う反面、いい勉強をしたとも思います。

今経験しなかったとしても、リスクが減るわけではなく、いつかもっと巧妙な詐欺に遭うかもしれないわけで、心構えが出来たのは無駄ではなかったんじゃないかと。

母や詐欺のことに限らず、先のことを考えると不安しかありません。

頼れる人もいないので、とにかく自分でなんとかするしかないんですよね。

誰かに聞いてほしかったので、久々に更新しました。

 

扉を閉めて

このブログを始めて一年以上になりますが、この記事を最後に、いったん終了します。
 
もとは辛い状況にあって、気持ちを発散するためと、誰かに共感してもらえたらという気持ちで始めました。
 
 ですが、今は状況も変わり、辛い気持ちに変わりはありませんが、投稿を続けることに疑問を感じるようになりました。
 
率直に言って、私が書く記事に需要があるとは思えないですし。
 
まあ、どうしても誰かに読んでもらいたいことがあったら、そのときはまた書くかもしれませんが、わかりません。
 
そういうわけで、今まで読んでくださったりコメントをくださった方々、どうもありがとうございました。

 

 

引っかかる「糸」の歌詞

多くの人が中島みゆきの「糸」を名曲だと言います。
 
それを否定はしませんが、どうしてもスルーできない、けれども多くの人が激賞する歌詞があります。
 
中島みゆきは優しく歌います。
 
逢うべき糸に出会えることを人は「仕合わせ」と呼ぶと。
 
糸とは、つまり人生の中で巡り逢う誰かのことですよね。
 
もちろん、それが恋愛相手や結婚相手だけを指すのではないこともわかっています。
 
でも、そういう人に私は出逢っていないのです。
 
そして多分これからも。
 
え。じゃあ私は「仕合わせ」じゃない?
 
つまり不幸だと?
 
たしかに、今の私は1ミリも幸せじゃありません。


 去年、人生最大のピンチだったときも、助けを求めてさえ親身になってくれる人はいませんでしたし。
 
去年の父の死にまつわるあれこれも、それ以前に何度も両親が入院や手術をしたときも、こんなときパートナーがいてくれたらなあと思いましたし、もしもそういう人がいたら、ここまで心細くなかっただろうと思いました。
 
そういう相手を探せなかった自分が悪いのだと言われれば、否定はできませんが。
 
まあ、恋愛経験はお粗末なものですが、お見合いなどは若い頃に何度かしています。
 
ただ、いい人に巡り逢えなかっただけで。


自分にはお見合いは向いていないと思い、出会いもないので結婚は諦めていましたが、数年前に、当時ネットで仲良くしていたずいぶん年下の女の子に、けっこう上からな感じで「お見合いパーティーにでも行ってみたら?」と言われたんです。
 
その子は、出会った当時は地方で引きこもり生活をしていたんですが、交流が途絶えた後、数年経ってから連絡したら、なんと東京で恋人と同棲していたんですよ。
 
女性にはありがちですが、恋愛関係でうまくいっていると、急に偉そうになる人っているんですよねw
 
それで、ちょっとカチンと来て、お見合いパーティーは嫌だけど、マッチングアプリくらいならやってみてもいいかなと思い、登録したんです。


けっこうメッセージが来たり、個人的にやりとりしたり、「会いませんか」と言われたことも何度かありました。

ただ、その後すぐにコロナ禍になり、会いに行って、もしもコロナに感染して高齢の両親にうつしたら取り返しがつかないと思い、会わないのにメッセージのやりとりだけするのも相手に失礼なので、結局一度も誰とも会わずに退会したんです。
 
その後、その女の子とも疎遠になり、年齢的にも結婚相手を探す気はなくなって現在に至ります。
 
今までずっと孤独だったように、これからもずっと孤独な人生が続くことでしょう。
 
私って、つまり一生不幸なんですね、みゆきさん。

 

母が見ている私

母に関する、ほぼ最初の記憶は、家の前で母が近所の人と話している場面です。
 
 母が「上の子は優しいんだけど、下の子はわがままで」と言っていました。
 
 つまり兄と私のことです。
 
 私は、幼稚園に通っていたか、通う前だったか。
 
 もう少し大きくなっていたら、母の言葉にショックを受けたかもしれませんが、そのときの私は、ただ単純に母にそう思われているのかと認識しただけでした。
 
 兄と私は5学年違っていて、私が生まれたとき幼稚園に通っていた兄は、みんなに私のことを自慢していたそうで、母の中では、ずっと兄はそのときのイメージのまま「優しくて妹をかわいがるいいお兄ちゃん」、何かあるとめそめそする私は「わがままな妹」」なのです。
 
 私が小学生のとき、兄に、昆虫の標本を作るために学校で使う裁縫箱の中の待ち針を貸してほしいと言われました。
 
 本当はいやでしたが、そうは言えずに貸しました。
 
 いつになっても返してくれず、学校で裁縫箱を使う日の朝になって私が泣くと、母は今頃になって言うのが悪いと言いました。
 
 結局返してはもらえましたが、きれいだった針は錆びていて…
 
 大人になってからも、あるとき母が、喉が渇いたときに飴を舐めると乾きが癒えると言うので、私が「そういうときは水分を摂らないといけないんだよ」と言っても、本気にしていないのか返事もしませんでしたが、後日兄が同じことを言うと、「そうなのね」と感心していました。
 
 まあ、そういうことが度々あり、それが母の兄と私に対する見方なんだなあと思っていたわけです。
 
 そのイメージが去年の数々の出来事で完全にくつがえり、母もさぞショックだったとは思いますが。
 
 いくつか実例を上げましたが、それを嘆くためにこれを書いているわけではありません。
 
 高齢の母はちょいちょいめんどくさいことを言い出すし、体のことも心配ですが、とにかく私の言うことは聞いてくれないんです。
 
 一昨年熱中症になったときも、腰を痛めたときも、いくら病院に行こうと言ってもなかなか納得してくれず大変でした。
 
 父もそうでしたが、本人のためにと思って言っても、とにかく何を言っても耳を傾けてくれませんでした。
 
 それで放っておいて何かあれば、結局人は私を非難するわけです。
 
 母と二人きりの家族ですから、なるべくギスギスしたくないし、あまりうるさく言いたくもないんですが、言わずにおけないこともあるわけで。
 
 それ以外でも困ることや不安なことはいろいろあって、一人でどう対処すればいいのかさっぱりわかりません。
 
 もしも兄が母が思っていた通りの人だったならば、兄に言ってもらえば母も言うことを聞くだろうし、私も相談できたのにと思います。
 
 この7~8年、父と母が入院したり手術したり、大変なことがたくさんあって、そのほとんどに私は一人で対処してきたし、私がいなかったら大変なことになっていたに違いないのに、そこのところ、誰もちっともわかってないんですよね。
 
 こんなことなら、常日頃、ことあるごとに恩着せがましくアピールして、私のありがたみをとことん思い知らせておけばかよったと思います。
 
 「正直者が馬鹿を見る」って私のことじゃないですか?
 
 もう何もかもがめんどくさい。

 

四度目の間違い電話。私の予想は当たっていた…

例の間違い電話がまたありました。

今回で四度目です。

以前書いたように、電話の主は、かつてうちの亡き父と仕事関係でお付き合いがあった○○子さんにかけようとしてうちにかけてしまっているのでは…と思っていたわけですが。

詳しくはココ 

tanpoponohanabira.hateblo.jp

今回の電話は、自分の名前を名乗った上で、「○○(店名)じゃないですか?」というもので、私が思った通り、○○子さんが経営するお店の名前でした。

相手の出方によっては、何か言ったほうがいいかと思ったものの、「違います」と答えると、「失礼しました」とすぐに切れました。

それにしても。

今どきお店の電話番号なんてすぐに調べられるのに、何度もうちにかかって来るのってどうなんでしょうね。

はっきり覚えていませんが、最初の電話から、もう何ヶ月も経っていますけど、電話の主は未だに○○子さんと話せていないんでしょうか?

それに、何度も違うって言っているんだから、もうそろそろ「この番号は違う」って気づいてくれないですかね。

私はお店の番号も○○子さんの携帯の番号も知っていますけど、お店のほうはホームページにも載っていますし、なんで何度もうちにかけて来るのか…

 

なんと右手でスルスル

以前、拙い刺繍作品をここに載せましたが、利き手である左手の親指の調子は相変わらず悪く、思ったほどにはいいものができませんでした。

でも、何か作りたい…と考え続けてはや数ヶ月(!)

ふと思い出したんですが、子供の頃からしていたかぎ針編みは、そういえば右手でしていなかったっけ? と。

最初に編んだのは小学生の頃なので、細かいことは覚えていませんが、編み物は、特にかぎ針編みは右から編み始めないと教本などとすべてが逆になってしまうので、それで右手で始めたんじゃないかと。

ラッキー! 

右手なら今でも支障なく編めるはずと思い、1ヶ月ほど前に糸を買ってきて数十年ぶりくらいに編み始めると、スルスル編めました。

糸の値段はピンキリで、高いものはおそろしく高く、たとえば着るものなどは、なんなら出来たものを買うほうが安くなってしまう感じなので、安い糸を買って、これからもぼちぼち続けたいと思っています。

ものを作るって楽しい…